もっと知るバッハ

もっと知るバッハ「音楽の父 J.Sバッハの生みの親はマルティン・ルター!?」


about Bach

〜 その1 〜

バッハ

皆さんご存知の音楽の父と呼ばれているJ.S.バッハ(以下バッハと記します)は、マルチン・ルター(以下ルターと記します)の死後約140年経った1685年に現在の東ドイツチューリンゲン州に生まれ1750年に亡くなりました。バッハの祖先はみなルター派のプロテスタントでした。
バッハ家は16世紀後半から18世紀まで続いた音楽家の家系であり、音楽の父と呼ばれるJ.S.バッハはその頂点に立っています。代々のバッハ家の音楽家は、ルターの宗教改革以降、ドイツ・プロテスタント音楽の作曲家や演奏家としてその生涯を送りました。

もともと宗教改革以前のカトリック教会では、会衆が歌うことはありませんでした。しかし、ルターは、それまでラテン語で記されていた聖書をドイツ語に訳し、人々が自ら熟読し、キリストのみ言葉を心に宿すべきだと考えました。さらには、教会に集まる信徒が積極的に礼拝に参加できるように、信徒が歌う歌が必要と考え、ルターみずから讃美歌を30曲ほど作曲したと言われています。
ルターはもともと音楽愛好家でした。美声で歌い、リュートも弾いたと言われています。現在私たち教会の讃美歌集には500曲以上の讃美歌がありますが、そのうち、ルターが作曲した讃美歌もいくつかあります。代表作として450番(ちからなる神はわが強きやぐら)、240番(み言葉によりて)、300番(悩みのなかより)、364番(天にいます父は)などがあります。これらのルター派の讃美歌は、ドイツ語でコラールと呼ばれ、ドイツ人の心のふるさととも言われています。
ルターは、音楽は神からの賜物であり、キリストの教え(福音)を歌うことが神のみ心に沿うものと考えていました。この思想は、宗教改革以後も受け継がれ、数多くのルター派プロテスタント教会の音楽家を支配していました。バッハの祖先もみな音楽を通して福音を歌い奏でることが神の御心に沿うものと考えていました。

ルターの死後約200年に渡りこうした営みが続けられ、バッハの晩年に最高峰に達したと言えるでしょう。音楽の父バッハの産みの親はルターだと考えることができるのです。バッハは、ルター以降のドイツ・プロテスタント音楽の集大成を行いましたが、それは近代音楽の基礎ともなりました。このため、バッハは音楽の父とも呼ばれるようになりました。
現代でもバッハの作品は世界中の演奏会場で演奏されています。しかし、バッハの作品はもともと教会で演奏されることを前提とした教会音楽が圧倒的に多く、そうでない作品でも奥底には宗教的な感情が流れている場合が多いのです。
こうしたルターの宗教改革との歴史的背景を知らずにバッハの曲を聴いても正しい理解は難しいのではないでしょうか。
東京教会の礼拝には、現代の日本人にとっつき易い賛美歌、オルガン、聖歌隊、ハンドベルなどの音楽を取り入れる一方、こうした伝統的な音楽も取り入れています。

文責:藤田泰宏

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